順帝(じゅんてい)は後漢の第8代皇帝。その治世は宦官、外戚の専横が続き後漢の滅亡の原因を作った。
生涯 [編集]
120年に皇太子に立てられるが、124年に廃されて済陰王となる。翌年に安帝の崩御により、閻太后による劉懿擁立が行われるが、反閻氏の宦官孫程らにより閻氏一族は殺され、劉懿も廃された。そこに擁立されたのが劉保である。
即位した順帝は擁立の功労者である宦官たちを侯(地方領主)に封じ、更に宦官への養子を認め財産を継承することを許可した。それまで一代限りの権勢であった宦官が桓帝の時大長秋となる曹騰が引退した以後は、次代の権勢継承が行われるようになった。また皇后に梁氏を立てると、その父である梁商が大将軍となって朝政に参加する。しかし梁商は専横を振るうことも無く、また宦官と融和を図り朝政を運営した。しかし梁商が死去し、その子梁冀が大将軍になると朝政専断が開始される。順帝はそのまま梁冀を大将軍に任用し、同時に賢臣を起用し梁冀の専断を抑制しようとした。しかし順帝の死後、梁皇后も「夙夜勤労」と形容されるほど必死に王朝再興のため奔走し、李固などの人材登用を行ったが、梁冀はそられの人材を次々と粛清している。順帝の梁冀に対する措置が不十分な結果、その後桓帝までの時代を梁冀が専横を振るう原因を創出している。
外交面では班超の子である班勇を登用し、西域の17ヶ国を服属させた。しかし高句麗や羌などからの攻撃を受け、対外的な安定は確立していない。また順帝の治世に於いて宦官に特権を与えた事から後漢の宦官禍は順帝より始まると評された。
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