2009年12月05日

1946年(昭和21年)1月から爆発が頻発するようになり

1946年(昭和21年)1月から爆発が頻発するようになり同年3月9日に火口から溶岩の流下が始まった。大正大噴火とは異なり噴火前後の有感地震はほとんどなかった。3月11日夜から連続的に噴火するようになり、対岸の加治木町や国分町(後の霧島市国分)から火柱が観察されている。大量の火山灰を噴出し、牛根村(後の垂水市牛根)では3センチメートルの厚さに降り積もった。火山灰の影響で同年5月に持木・野尻地区でたびたび洪水が発生している。

溶岩流は鍋山付近で南北に分流し北側は黒神地区の集落を埋めつつ4月5日に海岸に達した。南側は有村地区を通過し5月21日に海岸に達した。死者1名、噴出物総量は約1億立方メートルであった。この噴火は同年11月頃に終息したが、その後も散発的に噴火が起きている。
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1955年(昭和30年)10月に南岳山頂火口で大量の噴石を噴出する爆発噴火があり、死者1名、負傷者11名を出した。これ以降、南岳山頂付近は立ち入り禁止となった。以後の噴火はそのほとんどが南岳山頂火口で起きている。噴火活動の再開を受けて1960年(昭和35年)に桜島火山観測所が開設された。1967年(昭和42年)8月の噴火において火砕流が発生するなど活発な噴火活動も見られたが、1960年を境にして爆発回数は減少に転じ、1969年(昭和44年)頃に収束している。

1970年代に入ると再び噴火活動が活発となり、1972年(昭和47年)10月2日午後10時19分に南岳山頂でやや大きな爆発噴火が発生した。噴出した高温の噴石によって多数の山火事が発生している。これをきっかけとして翌年に活動火山対策特別措置法が制定され、避難施設の整備、農林漁業被害への補助、降灰除去事業、土石流対策の砂防工事、火山観測や研究などの対策が強化されることになった。1973年(昭和48年)以降、年間数十回から数百回程度の爆発を繰り返すようになり日常的に降灰が続いた。

2009年11月29日

戦時中の不発弾の問題に関して

戦時中の不発弾の問題に関して、爆弾をわざと劣化しやすいように設計して、一定期間経った物は爆発しないようにするという設計思想もある。ただこの方法は、平時に於いて備蓄され、有事の際に使用される兵器の場合(大抵の兵器は、そのような物ではあるが)には動作不良にも繋がる事から、余り採用は進んでいない。

その一方で注意を喚起するように、わざと目立ち易い色(黄色など)に塗装する事もある。これらは不発弾回収の便を考慮してのものではあるが、逆に目立つ色である事から、事情を知らない子供が拾って弄っていて爆死するケースも聞かれた。

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アフガニスタンでも使用されたクラスター爆弾では、黄色い清涼飲料水の容器サイズである円筒形の子爆弾に帯や風船(小さなパラシュート構造)がついていたが、これを市民が弄って死傷したため、先の使用禁止の議論にも繋がっている。これらは人道的な目的で空中投下ないし配布した難民救済用の食糧パック(→レーション)も、黄色いビニール袋に包装されていたため、更なる混乱を煽っていると非難された事例である。

食糧パックと「そっくり」な不発弾
BLU-97クラスター爆弾(英文・写真付き)
なお食糧パックは後に、この混乱を避けるため、オレンジ色のパッケージへと変更される事となった。

2009年11月25日

鎌倉仏教

鎌倉仏教(かまくらぶっきょう)とは、平安時代末期から鎌倉時代にかけて発生した仏教変革の動きを指す。特に浄土思想の普及や禅宗の伝来の影響によって新しく成立した仏教宗派のことを鎌倉新仏教(かまくらしんぶっきょう)と呼ぶ場合もあるが、後述のように問題が無い訳ではない。

鎌倉仏教を「旧仏教」「新仏教」と呼んで区分する考え方は比較的新しい考え方である。この語が最初に用いられたのは、日本仏教史研究の先駆者とされる村上専精が明治期に出した『日本仏教史綱』(1898年-1899年)で、「新仏教」という表現には明恵以下の旧仏教側の改革の動きをも含めて解説し、こうした動きに加わらなかった既存寺院を「従来仏教」「古宗」と表記している。
そして大正期に入ってから、鎌倉時代に成立した上記6宗派をもって既存宗派と区別する見解が登場して、辻善之助が「旧宗」「新宗」、続いて大屋徳城が今日のような「旧仏教」「新仏教」と呼んで以後、この呼称が定着した。
ところが、近年入るとこうした分け方にいくつかの問題点が指摘されている。法然の浄土宗成立の時期の問題も当然含まれるが、一番の問題とされているのが、「叡尊・忍性の真言律宗は新仏教ではないのか?」という点である。
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松尾剛次は、鎌倉新仏教の最も重要な要素を「国家からの自立」と「個人の救済」と捉え、この2つがあって初めて貴族仏教から脱却して民衆仏教としての鎌倉新仏教が成立したとする観点より、真言律宗がどの新仏教宗派よりも先に国家公認の戒壇に代わる独自の戒壇を樹立して独自の授戒を開始し、社会事業を通じて非人などの社会的弱者を救済し、あるいはこれまで国家から授戒を拒否されてきた女性(尼)への授戒を認めるなど、個人の救済を通じて社会に対する布教を行った事実を指摘し、そして鎌倉新仏教とされる諸派が天台宗と何らかのつながりがあった(上記6宗開祖のうち、5人は延暦寺、残る一遍も末寺の継教寺で修行した)ように、真言律宗は真言宗と律宗(南都仏教)に基礎を置きながらも実態は新仏教そのものであるとして、真言律宗を鎌倉新仏教の1つとする説を唱えた。

2009年11月07日

中央競馬が誇る八大競走の1競走で

中央競馬が誇る八大競走の1競走で、皐月賞・菊花賞とで中央競馬の牡馬クラシック三冠競走を構成する。牡馬のクラシック三冠競走として皐月賞は「最もはやい馬が勝つ」、菊花賞は「最も強い馬が勝つ」と言われるのに対し、東京優駿は「最も幸運な馬が勝つ」という謳い文句がある。これは圧倒的な有力馬と目されていたものが、最大の目標であり世間の注目の集まる本競走において何らかのアクシデントによって勝利を逃したり、出走を断念せざるを得ない事態に見舞われる例が屡見られるのを象徴している。桜花賞・皐月賞のどちらかと近年新設されたNHKマイルカップを合わせて変則三冠競走と呼ばれることもある。
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日本の競馬における本競走の位置づけは特別である。皐月賞や菊花賞など他の競走はスタンド改築などにより他の競馬場で代替開催されることはあるが、東京優駿は第3回に目黒の競馬場から現在の府中の東京競馬場への移転によるコース変更があっただけで他の競馬場での代替開催は一切行われたことがない。過去に東京競馬場のスタンド改修などがあった時にも時期をずらして施行されている。また、近年は東京競馬場の改修工事を東京優駿の開催は変更しない前提で日程を組んでいる。これは前述の7大原則の7の「以上1から6を満たす競走は国内において本競走のみとすること」に基づいているからである。

創設期には国内に比肩のない大競走であり、その後競走体系の整備が進むにつれて「二大競走」、「五大競走」、「八大競走」等と称されてきたが、常にその中核をなし、国内での最高賞金を誇っていた。

2009年10月29日

養殖業

養殖業(ようしょくぎょう)とは、狭義には水産業の一種で魚介類や海藻などの水棲生物を人工的に育てる産業。広義には、水棲生物に限らず、生物全般を人工的に育てることを指す。ただし、陸生植物に関しては栽培、哺乳類に関しては畜産あるいは酪農、鶏に関しては養鶏という用語が利用される。生育した生物本体または副生成物を利用することを目的としており、鑑賞、愛玩目的で育てる場合は養殖とは呼ばない。養殖するためには対象となる生物の生態を知る必要があり、養殖に成功するまでには時間がかかる。魚介類に関しては、卵あるいは稚魚、稚貝から育てることが多い。

ほとんどの場合、育てた生物自体の利用(主に食用)が目的だが、生物の育成によって、副次的に生成される物質の利用を目的とする場合(真珠など)もある。
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生物の誕生から次世代への継続というサイクルをすべて人工飼育で実施することを完全養殖(かんぜんようしょく)という。例えば、魚類であれば、成魚から卵を採り、人工孵化の後に成魚にして、さらに成長し大魚から卵を採って人工孵化させることが出来ると完全養殖と呼んでいる。

完全養殖は親がどのように子を誕生させ、孵化させるのかという部分まで研究を行う必要があり、生態が明らかになっていない動植物、特に水中で生育する魚類では大変に難しい技術とされている。しかし、21世紀に入ってから、かつては、不可能とされていたウナギやマグロといった魚介類での完全養殖の実験が成功しており、今後の技術発展に水産業者の関心が集まっている。

2009年10月18日

生活環境の革新

環境問題全般への対策として、都市への人口集中や過疎を軽減し、地域単位でローカル・コモンズを利用していくことが挙げられる。これにより物やエネルギーの輸送は最小限で済み、環境汚染に対する責任がとりやすくなるなどの効果があるとされる。日本では、古くからの「生活の知恵」を再考し、循環型社会の実現や里山保全などが行われている。スローライフや自給自足も、環境負荷の軽減は大きいとされる。

2006年、国際連合食糧農業機関(FAO)は畜産が環境破壊への主な脅威となっているので生産方法を改善する必要があるという報告をしている。畜産は温室効果ガスの排出量が「多く」、ガスは酸性雨の原因であり、飼料を作るために多くの森林が伐採され、水の浪費や水質汚染の主要な原因であるという統計結果が得られたためである。畜産は全体で見れば原因の1つに過ぎず他にも原因はあるが、アジアなどで急速にライフスタイルの変化が起きており、肉や乳製品の消費が急増することに伴う環境問題などが顕在化していることが背景にある。

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このようなライフスタイルの変化は新興国や途上国の経済発展によるものであり、巨大な人口を抱えるこれらの国民が先進国のような生活をすることになれば、環境問題に加えて資源や食料・水などの供給不足は深刻を極めることが予想されている。こういったことを踏まえ、先進国に対して自らのライフスタイルの大幅な見直し、途上国に対して経済発展に頼らない生活の向上をそれぞれ求める声が高まってきている。しかし、意見の相違はいまだに大きい。

2009年06月19日

リン酸(りんさん、燐酸、英:phosphoric acid)

リン酸(りんさん、燐酸、英:phosphoric acid)はリンのオキソ酸の一種で、化学式 H3PO4の無機酸である。オルトリン酸(おるとりんさん、orthophosphoric acid)とも呼ばれる。リン酸骨格をもつ他の類似化合物群(ピロリン酸など)はリン酸類(リンさんるい、英:phosphoric acids)と呼ばれている。リン酸類に属する化合物を「リン酸」と略することがあるため、注意が必要である。リン酸化物に水を反応させることで生成する。

純粋なリン酸は斜方晶系に属す不安定な結晶、またはシロップ状の無色の液体。融点 42.35 ℃。水・アルコール・エーテルに可溶。

生化学において最も重要な無機オキソ酸といっても過言ではなく、DNA、ATPを構成するため非常に重要。生化学反応では、低分子化合物の代謝においてリン酸が付加した化合物(リン酸エステルなど)が中間体として用いられることが多い。またタンパク質の機能調節(またそれによるシグナル伝達)においてもリン酸化は重要である。これらのリン酸化は多くの場合ATPを用い、特定のリン酸化酵素によって行われる。

このほか、肥料・洗剤の製造、エチレン製造の触媒、清涼剤(コーラの酸味料など)、歯科用セメント、金属表面処理剤、ゴム乳液の凝結剤、医薬、微生物による廃水浄化など用途は幅広い。
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純粋な無水リン酸は常圧で融点42.35 ℃の白色固体であり、融解後は無色透明な液体となる。液体無水リン酸は高い電気伝導性を示し、またかなり強い酸性媒体であり、ハメットの酸度関数ではH0=−5を示す。

オルトリン酸という別名があるが、この別名が用いられる場合はポリリン酸類と区別するという意味で用いられる。オルトリン酸は環境に無害な無機物であり、3価のやや弱い酸である。極性の高い化合物であるため、水に溶けやすい。オルトリン酸を含むリン酸類のリン原子の酸化数は+5であり、酸素の酸化数は-2、水素の酸化数は+1である。

75~85%の純粋な水溶液は、無色透明で無臭、揮発性のない粘性液体である。この高い粘度はヒドロキシル基による水素結合によるものである。

一般的には85%(d=1.685g/cm3)、モル濃度は14.6mol/dm3、規定度は43.8Nの水溶液として用いられることが多い。高濃度では腐食性を持つが、希薄溶液にすると腐食性は下がる。高濃度の溶液では温度によりオルトリン酸とポリリン酸の間で平衡が存在するが、表記の簡略化のため市販の濃リン酸は成分の全てがオルトリン酸であると表記されている。

2009年06月01日

卑弥呼

卑弥呼(ひみこ、175年頃? - 248年頃)は、日本の弥生時代後期における倭国の女王(倭王)とされる人物。邪馬台国を治めた。封号は親魏倭王。後継には親族の台与が女王に即位したとされる。本来の表記は「卑(上部の「ノ」が無い)彌呼」である。
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「魏志倭人伝」によると、卑弥呼は鬼道で衆を惑わしていたという(卑彌呼 事鬼道 能惑衆)。この鬼道や惑の意味には諸説あるが正確な内容については不明。既に年長大であったが夫を持たず(年已長大 無夫壻)、弟がいて彼女を助けていたとの伝承がある(有男弟佐治國)。王となってから後は、彼女を見た者は少なく(自爲王以來 少有見者)、ただ一人の男子だけが飲食を給仕するとともに、彼女のもとに出入りをしていた。宮室は楼観や城柵を厳しく設けていた(唯有男子一人給飮食 傳辭出入 居處宮室樓觀 城柵嚴設)。

卑弥呼が死亡したときには、倭人は直径百余歩もある大きな塚を作り、奴婢百余人を殉葬したとされている(卑彌呼死去 卑彌呼以死 大作冢 徑百余歩)。

2009年04月29日

被子植物

被子植物(ひししょくぶつ、Angiospermae、Magnoliophyta、Angiosperm)とは、植物の分類の主要な1グループ名[1]。種子植物(顕花植物)のうち、一般に花と呼ばれる生殖器官の特殊化が進んで、胚珠が心皮にくるまれて子房の中に収まったものをいう。裸子植物と対をなす分類群である。「被子植物門」、「被子植物類」。

種子植物のうち、一般に花と呼ばれる生殖器官の特殊化が進んで、胚珠が心皮にくるまれて子房の中に収まったものをいう。そのため被子植物と呼ばれる。心皮が発育して果実となる。

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もう一つの分類群は裸子植物と言われ、これは胚珠が子房にくるまれておらずむき出しになっており、果実も作らない。被子植物は、裸子植物的祖先から、胚珠を保護するために大胞子葉がそれを包み込み、雌しべとなって密閉したものと見られる。これによって花粉が直接胚珠に触れることが不可能となり、花粉は雌しべの柱頭に着き、ここから胚珠まで花粉管をのばす形になった。

植物分類学に関する知識が変わると共に、植物の分類法も修正を重ねてきた。形態などの表現型を基にした従来の分類法には大きく分けて数種類が用いられており、コンセンサスがあるわけではないが、代表的なものに新エングラー体系やクロンキスト体系がある。

1980年代以前の標準的な分類法は、新エングラー体系であった。この分類体系は直感的で分かりやすいため、市販の図鑑等に現在でも広く使われている。

1980年代になると、クロンキスト体系(1981年、Arthur Cronquist)が登場し、学術分野におけるデファクトスタンダードの地位を占めるようになった。[2]

以上は表現型を基にした分類法であるが、1990年代以降は、進化系統をより直接的に反映すると期待されるゲノム解析による分類の研究が盛んとなり、その中で有力なAPG植物分類体系が将来のスタンダードになるべく整備されつつある。これは従来の分類法と異なる点も多く(従来の科が解体または統合された例も多い)、詳細についてはまだ完全に確立されたものではないが、すでに広く採用されつつある。

2009年04月13日

順帝 (漢)

順帝(じゅんてい)は後漢の第8代皇帝。その治世は宦官、外戚の専横が続き後漢の滅亡の原因を作った。

生涯 [編集]
120年に皇太子に立てられるが、124年に廃されて済陰王となる。翌年に安帝の崩御により、閻太后による劉懿擁立が行われるが、反閻氏の宦官孫程らにより閻氏一族は殺され、劉懿も廃された。そこに擁立されたのが劉保である。

即位した順帝は擁立の功労者である宦官たちを侯(地方領主)に封じ、更に宦官への養子を認め財産を継承することを許可した。それまで一代限りの権勢であった宦官が桓帝の時大長秋となる曹騰が引退した以後は、次代の権勢継承が行われるようになった。また皇后に梁氏を立てると、その父である梁商が大将軍となって朝政に参加する。しかし梁商は専横を振るうことも無く、また宦官と融和を図り朝政を運営した。しかし梁商が死去し、その子梁冀が大将軍になると朝政専断が開始される。順帝はそのまま梁冀を大将軍に任用し、同時に賢臣を起用し梁冀の専断を抑制しようとした。しかし順帝の死後、梁皇后も「夙夜勤労」と形容されるほど必死に王朝再興のため奔走し、李固などの人材登用を行ったが、梁冀はそられの人材を次々と粛清している。順帝の梁冀に対する措置が不十分な結果、その後桓帝までの時代を梁冀が専横を振るう原因を創出している。

外交面では班超の子である班勇を登用し、西域の17ヶ国を服属させた。しかし高句麗や羌などからの攻撃を受け、対外的な安定は確立していない。また順帝の治世に於いて宦官に特権を与えた事から後漢の宦官禍は順帝より始まると評された。

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